第3回 気になる P 音

ある日、BS放送のサスペンス劇場を見ていたら、昔懐かしの「ピンクい公衆電話」が出て来ました。

ご迷惑をおかけします ある本によると ご迷惑をおかけします
フィクション番組でも、その時代に流行した服装や車、町の風景、普段は知らない警察署内部のやり取りなど。実際に近い『生活様式』が見える事があるといいます。


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西遊記 / 孫悟空』の物語も フィクション ではありますが、その時代 (代) の生活様式が見える事もあるようです。

16世紀前後に作られた西遊記は、7世紀 / 代の実在人物と架空動物を組合わせたフィクション。1978年、日中平和友好条約が締結した年のイベント的に、日本でも 西遊記 の複写版ドラマが製作され、大ヒットしていたといいます。

その内容は、
石 (いし) から生まれた孫悟空の生い立ちから始まる。天界から追放されて500年後、三蔵法師・玄奘 (げんじょう)、沙悟浄 (さごじょう)、猪八戒 (ちょはっかい) との出会いを経て天竺 (インド) への取経の旅をするという冒険活劇。旅中に遭遇するさまざまな厄難とそれに伴う三蔵一行の絆や成長を描く1時間の連続特撮ドラマ。

『西遊記』は唐の太宗時代の三蔵法師・玄奘 (げんじょう) が天竺 (インド) に仏典を求めて旅し、十数年の苦難の果てに帰国したという史実を踏まえた作品。しかし、成立の過程で玄奘とは直接関係のない仏教・道教説話や、各地の伝説を取り込んでいき、また孫悟空・猪八戒・沙悟浄ら様々な架空のキャラクターの造形も・・。https://ja.m.wikipedia.org/西遊記の成立史

ご迷惑をおかけします そのうち ご迷惑をおかけします
実在した人物は三蔵法師・玄奘 (げんじょう)https://ja.m.wikipedia.org/wiki/玄奘三蔵

三蔵法師・玄奘 (げんじょう) は、唐代初期の僧で、経典漢訳者の代表人物と知られています。

河南省に生まれた玄奘は 13歳のとき出家、洛陽にある浄土寺で修行を積んだ。後ほど、仏教教理の中でも特に難解な唯識 (ゆいしき) の教理を探求し、その真理を確かめるべく天竺 (インド) へ行って経典を持ち帰る事を決意します。

当時、唐では対外関係上、外国への旅を固く禁じていたため、玄奘は 626年に国禁を犯し、秘密裏に長安を出発 → 19年後の645年に帰国。657部という膨大な経典を長安に持ち帰る。

帰国後の玄奘は、これらの経典翻訳を進めるかたわら、旅路の110国および28国の仏教、風俗、生活などを記した『大唐西域記』を製作。その見聞録が後世 / 明代に『西遊記』という名の長編小説に仕立てられているようです。

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日本初の元号は『大化』
645年 (大化元年) ~ 本格的な国家体制 ≒ 律令制の整備が始まっています →

当初、日本の国家体制 (仏教体制) も、唐の律令制を模した制度で、唐の国家アイテム「仏教・儒教・道教」も多分に取入れているので 目 その時代の国際情勢、成立過程など 目 物語 (フィクション) からも見えるかもしれません。

仏教も前半は『P籍』→ 後半は「漢籍 (儒教と道教) 」を強めて行きます →

飛鳥時代は仏教文化 / 石文化が普及した時代で、蘇我氏の拠点・明日香村には、謎の石造物が多数。ペルシア人に似た謎の石人像があるようです。



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https://ja.m.wikipedia.org/日テレの西遊記
そのエンディング曲は ♪ゴダイゴ (歌手) の『ガンダーラ

ご迷惑をおかけします仏教には ご迷惑をおかけします
南伝仏教 (上座部仏教) と 北伝仏教 (大乗仏教) とあり、

どちらかというと、南伝仏教はインド的 ⇔ 北伝仏教はペルシア的であったとも云われています。
北伝仏教は 中国 (東方) に行く前に ← いったん西方 ← ペルシア方面のガンダーラ地方 (現・ペシャワール地方) に行き → 西域 → 中国 (東方) に伝わっていました。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/インド16国


(・・? 今では?
ガンダーラ地方 (ペシャワル地域) いうと?! イスラム教国になっているけど、古くは、ペルシア文明とインド文明、ギリシャ文明の 交差点 。後ほど、仏教 ⇔ ヒンドゥー教 ⇔ イスラム教の 交差点に。7世紀まで『仏教』の流行地で、北伝仏教 (大乗仏教) の出発地になっていたようです。



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7世紀 / 代のインド情勢は、北インドと南インドは文明が異なり、北インドは仏教国・ヴァルダナ朝の時代。

https://ja.m.wikipedia.org/ヴァルダナ朝

ヴァルダナ朝 (北インド) のハルシャ王は仏教に帰依し、また、ヒンドゥー教など諸宗教を保護。玄奘はそうした時代の天竺 (インド) へ渡っていた事になります。

玄奘が渡った時代のガンダーラ地方は仏教の衰退期 (イスラム化) に入っており、旧・マウリヤ朝 (マガダ国) 辺りにあったナーランダ寺院。その辺りが仏教の聖地になっていたようです。

ご迷惑をおかけしますマウリヤ朝 (マガダ国) は ご迷惑をおかけします
3代・阿育王 (アショーカ王) の時代 (BC 268~232頃) に全盛期を迎え、インドの大半を統一。アショーカ王の死後急速に衰退し、紀元前2世紀初頭に滅亡。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/マウリヤ朝


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三蔵法師・玄奘の仏教探求の道のり (ルート) は『遠回り』その謎 (なぞ) も多く語られています。そして、その謎 (なぞ) を紐解く鍵 (カギ) が 西遊記 / 孫悟空 の物語に隠れているように思えて来ました。

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玄奘は北から遠回りの道のり (ルート) を辿った背景には、ソグド商人の手助け / ネットワークを必要としていたようにも思われます。

7世紀 / 代の西方には西突厥

https://ja.m.wikipedia.org/西突厥

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西突厥 (とつけつ) は テュルク系 (トルコ系) の国ですが、その国の中のソグド地方にはペルシア系ソグド商人が多く、彼らはペルシア由来の祆 (ゾロアスター) 教徒が多くいたようです。*テュルク系  ペルシア系

7世紀 / 代 ~胡人 ≒ 西域の商人 → ペルシア系ソグド商人を指す事が多いようです。

(・・? 国の中の組?はてなマーク
古代のソグド商人は てんびん座 近代のユダヤ商人ような役割をしていたかもしれません。



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石 (いし) から生まれた孫悟空!?

西突厥国のソグド地方の中にオアシス都市・石国があったようです。

デジタル大辞泉の解説
【石国】中央アジアの古都タシケント(現在はウズベキスタンの首都)の隋・唐代の中国名。シルダリア上流のオアシスに位置する。https://kotobank.jp/word/石国

 ー 石国 / タシケント ー
隋・唐の時代(6~10世紀)に中央アジアに君臨した西突厥「石国」など・・・名はチャーチ(転じてシャーシ)の音訳、オアシスを中心とする都市国家の呼称。13世紀ごろから、この都市はタシケント(トルコ語で「石の都市」の意)と呼ばれるようになった。唐代の石国というのもタシケントの訳語。タシケントは古代はイラン系民族の住地で、7世紀からトルコ人(西突厥)の勢力下に入り、この地を訪れた玄奘の『大唐西域記』にも記録されている。10世紀にはサーマーン朝、カラ・ハン朝の領域に入って、しだいにトルコ・イスラム化し、13、14世紀にはチャガタイ・ハン国領、15世紀にはティームール帝国領となり、以後、タシケントの都市名が定着し、明朝では「達失干」と書かれた。16世紀以降、オイラート人、ウズベク人、カザフ人の争奪地となり、18世紀後半にはカザフ人を撃退したコーカンド・ハン国領となった。このころ、タシケントは商業の要地となり、ロシア人、カザフ人、コーカンド人が物資を集散した。19世紀後半、帝政ロシアに征服され、シルダリヤ中流域の行政・経済の中心となった。[佐口 透]https://kotobank.jp/word/タシケント

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ある本によると、
石 (いし) から生まれた孫悟空西突厥国のソグド地方のオアシス都市・石国 (タシケント) 出身の祆 (ゾロアスター) 教徒では?はてなマーク 載っていました。



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の都・長安を出発した三蔵法師・玄奘は、旅の始めに 仏教国・高昌国 (トルファン) を訪れています。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/高昌国

高昌国 (トルファン) は仏教国で、国王・麹文泰 (きくぶんたい) は、同国を訪れた三蔵法師・玄奘を厚くもてなし、旅を助けるために従者を付け、馬や旅費を寄進すると同時に、通過する国への紹介状などを持たせてくれたと云われています。

ー?→

 ー 高昌国について ー
高昌国の住民はイラン系であったが、支配階級が漢人であったため、中国の文化が行われた。 640年に唐は高昌国を滅ぼし直轄領としたが,その後この地方はウイグル (回鶻) 族の勢力下に入った。西域交通の北路にあたったため,仏教も早くから伝わって一中心地となり、仏像やサンスクリット語,胡語 (西域の諸言語) の経典が,19世紀以降の探検により発見されている。https://kotobank.jp/word/高昌国

ー?→

(・・? 三蔵法師・玄奘は?はてなマーク 
626年に国禁を犯し、秘密裏に長安を出発 → 19年後の645年に帰国旅の始めに 仏教国・高昌国 (トルファン) を訪れています。

カゼ 640年に国は高昌国を亡ぼすあせる
そのため? 玄奘は帰りに高昌国を訪れる事 / 恩返しができなかった。云われています。


ダンプカー―…ご迷惑をおかけします―…ご迷惑をおかけします工事中

三蔵法師・玄奘 (げんじょう) が持ち帰った仏教は、ペルシア系の商人たちの手助け / ネットワーク てんびん座 ペルシア色を含む北インドの影響を含んでいた様子が見えるように思います。

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玄奘が帰国した645年 (日本は飛鳥時代) といえば!?唐も日本も「国家体制 ≒ 仏教体制」になって行きます →

ご迷惑をおかけします マニアックお話 ご迷惑をおかけします
唐の都・長安では、祆 (ゾロアスター) 教 や 明 (マニ) 教景教 (ネストリウス派キリスト教) と呼ばれる3つ西方起源の「三夷教」が流行し、3つ信仰すべてに ミトラス教 が隠れていたと云われ、それら3教は 東方ミトラス教 と呼ばれていたようです。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/唐代三夷教

『仏教」は『 P籍 (東方ミトラス教) 』+「漢籍 (儒教+道教) 」を併せて日本に伝来とも云われています。

松本清張氏の小説・火の路でも、蘇我氏の拠点・明日香村にペルシア人が来日し、東方ミトラス教の1つ・祆 (ゾロアスター) 教を普及していた説も云われています。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/火の路
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ある本によると、
石 (いし) から生まれた孫悟空西突厥国のソグド地方のオアシス都市・石国 (タシケント) 出身の祆 (ゾロアスター) 教徒では?

はてなマーク

 載っていました。

645年の飛鳥時代は仏教文化 / 石文化が普及した時代で、蘇我氏の拠点・明日香村には、謎の石造物が多数。ペルシア人に似た謎の石人像があるようです。

仏教も前半は『P籍』→ 後半は「漢籍 (儒教と道教) 」を強めて行きます →

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