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第4回 前の国 と 後ろ国

数年前、
小説家で古代史探求家の黒岩重吾著の『感想文』に、こんな感じ? ニュアンス文がありました。

   ―↓―↓―

「ぼくは、記紀 (古事記・日本書紀) の否定から古代史研究を始めました。記紀の前半はフィクション性に富んだ『神話』になっています。けれども、その後の考古学の進歩と擦り合わせると、神話の内容がすべて作り話 (フィクション) だとしたら ← その作者に芥川賞を与えなければならない。もちろん、権力者の正当性を主張する書物であるけど、何か? 神話の中に真実が隠れている‥」

   ―↑―↑―

そんな感じ?『感想文』は、とても印象に残る1文でありました。
7世紀から編纂された記紀 (古事記・日本書紀) の前半は『神話』の作りになっており、本当に実在した神 (人物) なのか? など。歴史家の間にも賛否両論。

「神話』の視点は、
「戦前の教科書」と『戦後の教科書』で、その政治スタンスが大きく異なる部分で、いつのヨも歴史は時の権力社によつて政治利用されていると云われています。

― 注意 ― 

黒岩重吾氏は、
排外的な民族主義者でも偏狭的なナショナる人でもなく、柔軟で視野の広い古代視点を持っていました。


黒岩重吾氏によると、
「戦前の教科書」は神話内容を政治利用された背景もあり  ⇔『戦後の教科書』は神話内容が全否定されたように感じる。← そうした意見を持つ古代史探求家は他にも多数見られます。

― 注意 ― 

* 昨今では神話内容を悪用する政治団体 / 動画チャンネルも存在するので、広い視野で神話を見る必要に思います。

―(・・? ―?→

黒岩氏が気になっていた神話内容は、
天孫降臨説や神武東征説に関する物で。そうした説話には『元の伝承 ← 原伝承』が存在し、神話は原伝承を基に創作 / 加点しているので、そこには「実在」と『伝説』の「境目』がある。

神話について →
「戦前の教科書」→  全肯定、
『戦後の教科書』→  全否定。
「極端」~『極端』に。
という意見です。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%AD%AB%E9%99%8D%E8%87%A8


https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%AD%A6%E6%9D%B1%E5%BE%81

―?→

ご迷惑をおかけします その事は ご迷惑をおかけします
南方熊楠 (くまぐす) や 折口信夫 (しのぶ) が心配していた事? 似ているかもしれません。

南方熊楠 (くまぐす) と 折口信夫 (しのぶ) てんびん座 2者とも神々を大切に思う人で、そうした神々が政治に利用させる事を憂いていたようです。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%96%B9%E7%86%8A%E6%A5%A0
南方熊楠 (くまぐす)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%98%E5%8F%A3%E4%BF%A1%E5%A4%AB
折口信夫 (しのぶ)

―?→

神と人を結び付ける事 ⇔ 神と人を引き離す事 てんびん座 どちらも政治かもしれません。

戦前は神さまが百 (たくさん) いた事を知ってはいけない時代 ⇔ 戦後は神さまについて調べようとすると偏狭的な視点に思われる時代 てんびん座 その両方とも政治に思います。

例えば、
古代の時代ドラマや源氏物語など。フィクション性に富んだ物語の中から 目 当時の人々の生活スタイルや貴族たちの風習など 目 政治が見える事あります。
* おとぎ話や神話の中にも真実が隠れている

(・・? 神さまとは何か?
神さまを見る事  見ぬ事 てんびん座 どちらも政治が関与しますので、教科書は『ほんの1ページ』広い視野で神々を知る事も大切に思います。

―?→

上記文を踏まえて、
「前の国」『後ろ国』を考えて見ました。

「前の国」は政治 → 礼的 (儒教色) 
『後ろ国』は祭祀 → 霊的 (道教色) 

古代日本には、
礼的権力社と霊的権力社が存在していた (?) ように思います。



   ー↓─━ドア─扉─ドア━─↓ー



古代史探求家の本では、
5世紀は応神朝の時代 目「実在」『伝説』目』が大きく見られる 目 という意見が多数見られます。
目「実在」『伝説』目』目

(・・! 意外に思った事は?!
岡田英弘氏の『倭国』著に、15代・応神天皇『伝説』の大王 (おおきみ) ⇔ 16代・仁徳天皇「実在」の大王 (おおきみ) と載っていた事です。

岡田英弘氏は異国への対抗心を強く持つナショナる人で、戦後のナショナる人たちから大先生と呼ばれていました。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E7%94%B0%E8%8B%B1%E5%BC%98

15代・応神天皇『伝説』の大王 (おおきみ) ⇔ 16代・仁徳天皇「実在」の大王 (おおきみ) 。
 ↑
その舞台は5世紀の河内国 (後の摂津国) に都があったようです。
 
古代史探求家の関祐二氏によると、
『神』と名の付く大王 (おおきみ / 天皇) や皇族は歴史の敗者で『祟り神』怨霊信仰の様子が見える。といいます。

初代・神武天皇、10代・崇神天皇、15代・応神天皇と てんびん座 その母親・神功皇后は、歴史の敗者で『祟り神』であったといいます。

―(・・? ―?→

16代・仁徳天皇は「民のかまど」など。礼的 (儒教的) 善政エピソードを持ち、また名称の「仁 や 」も礼的な文字で、儒教徳治主義特徴が見られます。
 
ご迷惑をおかけします 徳治主義とは ご迷惑をおかけします
有徳ある者 / 徳のある統治者がその徳をもって人民を治めるべきであるとした孔子の統治論に由来する儒教の政治理念・思想。

― ひらめき電球 →

(・・! 仁徳天皇の時代?!
民を思う善政エピソード1つに難波の堀江 (海路) の掘削?大土木工事が行われていたようです。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A3%E6%B3%A2%E3%81%AE%E5%A0%80%E6%B1%9F


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(・・? 内容は複雑していますが?
15代・応神天皇『歴史の敗者』?
   ⇔ 
16代・仁徳天皇「歴史の勝者」?

その舞台は5世紀 / 河内国 (後の摂津国) に都があった時代で応神朝葛城氏の全盛期でしたが、歴史の敗者である葛城族 (賀茂氏など) が霊的権力者に → というお話です。

ご迷惑をおかけします 第1回お話 ご迷惑をおかけします
古代の日本には、
礼的」→  政治的 (儒教的) な権力者、
霊的』→  祭祀的 (道教的) な権力者。
2タイプおり てんびん座 主に 藤原氏礼的権力者 ⇔ 葛城族 (賀茂氏など) が霊的権力者になっていたようです。

ヤマト王権の主導豪族 →
葛城族 (賀茂氏など) → 大伴氏 → 物部氏 → 蘇我氏 → 藤原氏 → 平家 (6ヶ月ほど) → 藤原氏 → 続いています →


目 黒岩視点では 目
5世紀は応神朝ころ、九州島 ~ ヤマト王権の成立に関与する東進勢力が存在する。けれども、その勢力はヤマト王権の樹立に活躍したけど、支配的立場になっていない。← という風な?視点です。

すこし井上光貞氏?でしたかはてなマーク 黛弘道氏?はてなマーク 視点とも似ているかもしれません。

 

― 注意 ― 

* 歴史家の間でも賛否ありますが
15代・応神天皇と てんびん座 その母親・神功皇后『歴史の敗者』があり、古代史探求家の関祐二氏によると、『神』と名の付く大王 (おおきみ / 天皇) や皇族は歴史の敗者で『祟り神』怨霊信仰の様子が見える。というを信じて見ました。

『神』と名の付く応神天皇神功皇后を祀るお社は、八幡社と住吉社で 長音記号2 八幡社の本店は九州島に てんびん座 摂津国の一宮が住吉社になっている事を考えると 目 5世紀は応神朝ころ 目 九州島 ~ ヤマト王権の成立に関与する東進勢力が存在する。けれども、その勢力はヤマト王権の樹立に活躍したけど、支配的立場になっていない。← という風な?視点も気になります。



   ー↓─━ドア─扉─ドア━─↓ー



ご迷惑をおかけします 第2回お話 ご迷惑をおかけします

名前は似ているけど てんびん座
時宗 (ときむね) は 時宗 (じしゅう) 立入禁止

↓↑
鎌倉幕府の8代執権・北条時宗 (ときむね) は、
どんな人でも (まる) く (さと / 悟) る寺を開いていましたが ⇔ 時宗 (じしゅう) 一遍上人立入禁止していました。

時宗 (ときむね) は「 礼的」、
   ⇔  
時宗 (じしゅう) は『浄土 霊的』。

ひらめき電球

五山系 (禅) と 熊野系 (浄土) が「一体化』したのは室町時代。そのむかし、鎌倉幕府が立入禁止した一遍上人の流れを汲む「浄土衆 / 念仏衆』の関係者は、室町時代に登場する同朋衆 (どうぼうしゅう ≒ 阿弥衆) に結び付き 長音記号2 の大成者として知られる観阿弥世阿弥親子も時宗系の阿弥衆と云います。


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(・・; 再び;内容は複雑していますが?
五山系 (禅) 時宗 (ときむね) は『伊豆国』を政治の出発地とし てんびん座 熊野系 (浄土) 時宗 (じしゅう) 『伊予国』を発祥地 てんびん座 そして、五山系 (禅) 熊野系 (浄土) を一体化させた室町時代に登場する観阿弥世阿弥親子は『伊賀国』を出発地にしていたようです。

(・・? ? はてなマーク
『伊豆国』てんびん座『伊予国』てんびん座伊賀国
名前が似ています。

そのほか、
伊勢国紀伊国など。
5国 → 伊の国』霊的な国名で 長音記号2 その共通点は てんびん座 熊野的で猿田彦的? 南朝的? あるように思います。

   ―↓―↓―

芸能神・猿田彦について →

天狗 ≒ 猿田彦 (佐太彦) は天の狗 (いぬ / 犬) 。

猿は去る?
犬は居ぬ? 
不安がいなくなる芸能神で先導神・畏怖の神・国津神など。多様性を持っていたようです。

田楽と猿楽を合わせたのが芸能神・猿田彦 (別名;佐太彦) で、時宗 (じしゅう) 一遍上人が生まれた伊予国にある「佐多」も猿田彦 (別名;佐太彦) を表現しているようです。

   ―↓―↓―

九州島 ~ 瀬戸内海 (伊予国) → 紀伊国 ~ 伊勢国猿田彦が到着した説も。

   ―↓―↓―

室町時代、
南朝勢力の拠点は摂津国住吉に。
時宗 (じしゅう) 一遍上人熊野信仰の中興の祖で てんびん座 初興の祖は役小角。← その本名は賀茂小角 (役小角) ← 葛城系賀茂氏と云われています。

ひらめき電球 役小角伊豆国に島流しされていました。
伊予国 てんびん座 伊豆国 てんびん座 紀伊国 てんびん座 伊勢国 てんびん座 伊賀国といったは5国 → 伊の国』霊的な国名で 長音記号2 その共通点は てんびん座 熊野的で猿田彦的? 南朝的? あるように思います。

また、
伊豆国紀伊国には『鈴木さん』が多く、
鈴木氏熊野的で九州島と摂津国を舞台に活動していた雑賀衆とも縁あると云われています。
ひらめき電球 雑賀衆浄土衆 →


 - 国津神と天津神 –
「津」は「の」を意味し、国津神は国の神 (土着神てんびん座 天津神は天の神 (渡来神) を意味していたようです。



   ー↓─━ドア─扉─ドア━─↓ー



その昔、
天孫族 (渡来神) が島にやって来ました。

彼らは歴史の勝者であったけど? 

島の事 (土地勘?) をよくわからないようです。

(・・! そのとき?!

神杖を持った土着神が道案内をしたという。

テレビ 


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「伊』の成り立ちは、
「人」+『尹』で尹 (イン) は神杖を意味し、伊は聖職者 / 先導神を表現しているようです。
https://ja.m.wiktionary.org/wiki/%E4%BC%8A
伊 – ウィクショナリー

「尹」→「伊」、
『尹』→『君』、
「尹』→「群』。
など。


人が尹 (神杖) を持ち率いる → 先導する?

ご迷惑をおかけします 猿田彦 (別名;佐太彦も ご迷惑をおかけします
尹 (神杖) を持つ国津神 (土着神) で先導神という属性があるようです。



竹。。



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